Jul 01, 2010
看板には意外な活用法があるんです
方向音痴の私は車に乗っていてもよく道を間違っています。子供にしか乗らないとき、誰も頼る人がいなくて、本当に困難になります。ナビゲーションもついてはいないからです。そんなときは、遠くの景色を見て看板を確認してください。そして、今自分がどこの近くにあるかの指名を指定します。そして看板に車を走らせる。私の定番活用法です。インターネットが生活に欠かせないものになってきた。特に、インターネット販売の利用率は年々増加しており、こんなものまでネットで購入できると呼ばれるものもたくさんあります。看板もインターネットショッピングモールで購入することができるものの一つです。お見積もりも手軽に行うことができますが、やはりネット通販ならではの低価格も魅力的。看板を作成するときに、是非ご活用したいものだ。
東日本大震災の被災地を支援しようと東北出身の学生が京都で活動している。「東北出身学生の会・京都」で、メンバーには家族が被災した学生も多い。「私たちの故郷に支援を」。20日は京都市内で街頭に立ち募金を呼びかけた。
「おだやかな人で、笑顔のすてきなおじさんでした。どうしてこんなことに」。京都市右京区の大映通り商店街で募金活動を行った会長の東海林瞳さん(23)=立命館大学4年。仙台市太白区出身で、家族は無事だったが祖父の友人が亡くなった。
「津波で流されました。家族ぐるみの付き合いで、幼いころ、遊んでもらいました。本当に悲しい」
壊滅的な被害を受けた岩手県宮古市出身の学生もいる。鈴木雄大さん(23)=京都教育大大学院1年=は実家が2階まで浸水したが、家族は間一髪で逃げ、「ほっとしました」。
福島県いわき市出身の吉田憲主さん(22)=立命館大学4年=は「無事だった母親に『生きているだけで幸せと分かった。自分の身は自分で守れるくらい強くなりなさい』といわれた」と述べ、家族の強い絆を感じて「涙がこぼれそうになりました」という。
募金活動はこの日が2回目で、集まった資金は日本赤十字社に託す予定。
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北沢俊美防衛相は20日夜、記者会見し、陸上自衛隊ヘリCH47Jで同日午後行った福島第1原発1?6号機の表面温度計測結果について、使用済み核燃料プールの温度は「すべて100度未満だった」と発表した。「原子力安全・保安院の専門官からは『プールには水が入っている』との指摘があった」と語った。
防衛省によると、高度約900メートルから赤外線を使い計測。建屋上部が吹き飛ばされ、放水作業が続く3号機は62度と最も高く、1号機58度、4号機42度で、建屋が破壊されていない2、5、6号機(天井部分)は35?24度と低かった。また、プール以外では3号機の原子炉の格納容器上が128度と高かったが、北沢防衛相は「炉心の上なので想定の範囲内というのが専門家の見解だ」と述べた。【本多健】
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東日本大震災で被災した外国人に避難生活の情報を提供するラジオ放送を支援するため、神戸市長田区の多文化・多言語コミュニティー放送局「FMわぃわぃ」が、被災地で困難になったラジオの録音作業を代行し、一度は途切れた放送の再開につなげた。阪神大震災を契機に誕生した地域FM局だけに、同局は「被災者にとって“命綱”ともいえる情報の発信に協力し、日本語でのコミュニケーションがままならない外国人を支援したい」と話している。
「FMわぃわぃ」が録音の代行で支援に乗り出したのは、宮城県内で災害発生時に外国人を支援している「仙台市災害多言語支援センター」(同市青葉区)。地震発生の11日から、スタッフが地元のFMラジオ局「エフエム仙台」(同区)まで直接出向いて多言語で原稿を収録しては、被災地で津波の警報や避難所での安否情報、交通情報などを発信してきた。
ところが、次第に深刻になっていった道路事情やガソリン不足の影響で、スタッフがラジオ局にその都度移動することが困難になり、14日には放送が中断。被災地で外国人に向け最新情報を流すことができなくなった。このため、同センターのスタッフが、かつて震災時のラジオ放送をテーマに講演を依頼した「FMわぃわぃ」の日比野純一代表に相談したところ、録音を代行するという手段があることを教えられた。
英語や中国語、韓国語などに翻訳した原稿を定期的に仙台からメールで神戸側に送り、神戸のスタジオで外国人のボランティアが読み上げて収録。その上で録音データを「FMわぃわぃ」のウェブサイトに掲載し、エフエム仙台がこの音声をダウンロートすることで仙台発の電波に乗せることに成功した。
放送中断の翌日の15日には放送を再開することができた。日比野代表は「阪神大震災では、日本語を理解できない在日外国人の多くが避難生活に困った。震災の教訓で情報の大切さは痛感しており、正確な情報提供で被災地の外国人の役に立ちたい」と話している。
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